「教える授業」から
子ども主体の学びへ
理科教員としてハウツーを追いかけてきた私が、
授業てらすでの学びを通して授業観を見直した記録です。
授業てらす参加者の声として、今回お伝えしたいのは、 私自身の授業観が大きく変わった経験です。
以前の私は、理科の授業で 「より面白い実験」 「より効率よく成果が出る展開」 ばかりを追いかけていました。
もちろん、授業を工夫することは大切です。 しかし今振り返ると、 私は授業の方法ばかりを見ていました。 その一方で、子どもたちの表情や対話、 そして本来育てたい姿を十分に見られていなかったのです。
- 面白い実験を見せることに力を入れていた
- 授業のハウツーを増やすことが成長だと思っていた
- 子どもたちの反応より、授業の完成度を優先していた
- 本当に育てたい子どもの姿を見失っていた
授業てらすとの出会いで気づいたこと
授業てらすに入った当初の私は、 正直に言えば「使える実践を学びたい」という思いが先にありました。
ところが、実際に先生方の授業観や実践に触れる中で、 私は大きな問いを突きつけられました。
「自分は授業のうまさを追っていただけで、
子どもたちの学びの主体を本当に大事にできていただろうか」
この気づきは、かなり痛烈でした。 私は、子どもたちの成長を見ようとしていたつもりでした。 しかし実際には、教師としてどう見えるか、 どう教えるかに偏っていたのです。
授業てらすで学ぶ中で、私が特に大切だと感じたのは、 子ども主体の学びと 対話的な学びです。
子どもが自分の言葉で考えを出すこと。 子ども同士の対話から授業が深まること。 その価値を、私は改めて学び直しました。

授業スタイルはどう変わったのか
授業てらすでの学びを通して、 私の授業スタイルは少しずつ変わっていきました。
以前の私は、いわば「パフォーマー型」でした。 教師が前に立ち、 分かりやすく説明し、 うまく授業を進めることを重視していました。
しかし今は、 教師が前でしゃべり続けるだけでは 子ども主体の学びにはつながりにくいと考えています。
以前の授業
教師が前に立ち、 説明や指示を中心に授業を進める。 教師の意図に沿って子どもが答える場面が多い。
今の授業
子どもの中に入り、 対話を見守る。 子どもの気づきや発見から授業を展開する。
前から消えて、子どもの中に入る
印象的だったのは、 前田昌志先生の授業のあり方でした。
先生は黒板の前に立ち続けるのではなく、 子どもたちの視線の高さにまで下りていきます。 そして、子どもたちが何を話しているのかを丁寧に見守ります。
その姿を見たとき、 「教師は前に立ち続けなくてもいい」 「むしろ子どもの中に入ることが大事なのではないか」 と強く感じました。
子どもの言葉を待つようになった
もう一つ大きく変わったのは、 子どもたちの言葉を待つようになったことです。
以前は、 どうしても教師である私が先に話し、 先にまとめ、 先に正解へ導こうとしていました。
けれど今は、 すぐに言葉を足すのではなく、 子どもが考え、 子どもが話し出すまで待つことを意識しています。
- 子どもが話す前に教師が答えを言わない
- 子どものつぶやきを授業の中で拾う
- 子ども同士の会話を止めずに見守る
- 理科だけでなく国語・算数・道徳でも生かす
もちろん、この変化は今も途中です。 私自身、まだ一方的に話してしまうことがあります。
それでも、 以前より子どもの反応を見るようになりました。 また、子どもの言葉を拾うことにも意識が向くようになりました。

子どもたちの姿に起きた変化
授業スタイルが変わると、 子どもたちの姿にも変化が見えてきました。
以前のトップダウン型の授業では、 どうしても力のある子が活躍しやすくなります。 先生が求める答えを読み取り、 それに合わせて発言できる子が中心になるからです。
しかし、本来の教室はそれだけではないはずです。 30人いれば、30通りの見方があります。 その違いが出会い、ぶつかり合うからこそ、 学びは深くなります。
先生とのキャッチボールだけで終わる授業ではなく、
子ども同士のキャッチボールが生まれる授業へ。
そこに、教室の面白さがあると感じています。
実際に、 以前は言葉にしにくかった子が 自分の気づきを話そうとする場面が増えてきました。
また、理解の早い子も、 他の子の考えを受け取る面白さに気づき始めています。 「その考え、いいね」 「あ、そういう見方もあるんだ」 そんなやり取りが少しずつ増えてきました。
私がいちばん嬉しかったこと
この変化の中で、 私がいちばん嬉しかったのは 子どもたちの表情です。
我慢して教師の話を聞いている時間の子どもたちは、 どこか目が輝いていません。 それは、今の私でもまだつくってしまうことがある姿です。
だからこそ、 子どもたちが「やりたい」「学びたい」と思い、 自分の言葉で動き出した瞬間の表情は忘れられません。
子ども本来の学ぶ姿が戻ったとき、
教室の空気が変わる。
その瞬間こそ、教師としての喜びだと感じています。
若手の先生に伝えたいこと
授業てらすに興味をもつ先生は、 きっと「授業をもっとよくしたい」と願っているはずです。
その思いは、とても大切です。 ただ、そこで一度立ち止まって考えてほしいことがあります。
私たちが目指すのは、 教師としてうまく見えることではありません。 大人の都合のよい授業を完成させることでもありません。
本当に大事なのは、 子どもたちが幸せに学べることです。 そして、10年後、20年後、30年後の未来に 希望をもてるように育っていくことです。
学校現場だけでは学びきれないことがあります。 だからこそ、 一歩外に出て学ぶ価値があります。
- ハウツーだけで終わらせない
- その授業がどんな願いから生まれているかを見る
- 学んだことを自分の言葉で整理する
- 受け取るだけでなく、自分の実践に変えていく
授業てらすは、 方法を学ぶ場であると同時に、 教師としての本質を問い直す場でもあります。
私もまだ変化の途中です。 それでも、 この学びの中で見えてきたものがあります。
それは、 子ども主体の学びを本気で大切にすると、 教師自身の立ち位置も、言葉も、授業のつくり方も変わっていくということです。
授業を見直したい先生へ
授業てらすには、授業改善のヒントだけでなく、
子ども主体の学びを問い直せる出会いがあります。
まずは一度、その世界に触れてみてください。
※この記事は、授業てらす参加者の実体験をもとに構成しています。
