「大造じいさんとガン(教育出版)」を主人公視点だけで読む限界
「大造じいさんとガン」は、椋鳩十による不朽の名作です。そして教育出版・光村図書・東京書籍など主要教科書すべてに採用されている、小学5年生国語の定番教材でもあります。とくに「大造じいさんとガン(教育出版)」版では、狩人・大造じいさんが頭領のガン「残雪」に対して抱いていた「卑怯な鳥め」という憎しみが、最後には「堂々たる英雄」への敬意へと変化していくドラマが、子どもたちの心を強く揺さぶります。
しかし、長年「大造じいさんとガン(教育出版)」と向き合ってきた黒瀬先生は、ある日一つの「違和感」を抱きます。それは、私たちが大造じいさんの視点に偏りすぎているのではないかということでした。つまり、物語の半分しか読めていない可能性があるのです。
この問題意識は、椋鳩十作品を扱う多くの実践者にも共通します。たとえば椋鳩十の生涯や作品世界について深く学ぶには、椋鳩十文学記念館の公式サイトも参考になります。
たとえば「大造じいさんの心情の変化を読み取りましょう」という発問だけで授業を進めると、子どもたちの読みは「じいさんが感動した」「残雪はかっこいい」というレベルで止まってしまいます。その結果、「大造じいさんとガン」が持つ「命の対峙」という本当の重みが、子どもに届ききらないのです。
そこで黒瀬先生が実践したのが、「語り手(視点)」を軸に物語を読み解く授業です。このように主人公以外の観点を持ち込むことで、教材の世界が立体的に立ち上がってくるのです。
「大造じいさんとガン(教育出版)」に隠された残雪の視点
「大造じいさんとガン(教育出版)」は、基本的にほぼ全編が大造じいさんの目線で語られています。ところが――教科書を丁寧に読み返してみると、ある決定的な場面でだけ語り手が「残雪」に寄り添う瞬間があるのです。
実は、この一文を教室で取り上げると、子どもたちの表情がパッと変わります。なぜなら、これまで「ずる賢い敵役」として捉えていた残雪が、一瞬で「仲間を守るリーダー」として立ち上がってくるからです。つまり、「大造じいさんとガン」のたった一行で物語の見え方が180度変わるのです。
「大造じいさんとガン」で使える発問例
では、実際にどんな発問をすれば子どもの気づきが引き出せるのでしょうか。たとえば、以下のような問いかけが効果的です。
- まず「この物語、誰の目から見て書かれていますか?」
- 次に「あれ? ここだけ”誰”の気持ちが書かれてるかな?」
- さらに「もし残雪に日記が書けたら、この場面で何と書く?」
- 最後に「語り手はどうして、ここで残雪の側に立ったのだろう?」
「二つの正義」が激突する物語構造を読み解く
残雪視点を発見した子どもたちと一緒に、黒瀬先生はあえて「二つの生き方」を教室に突きつけます。一方は、自分の生活を守り、狩人としての矜持をかけて生き物を仕留めて生きる大造じいさん。もう一方は、自分の命を投げ打ってでも仲間のために戦う残雪。つまり「大造じいさんとガン」は敵と味方の対立ではなく、それぞれが背負う「正義」と「正義」のぶつかり合いを描いているのです。
大造じいさん
狩人としての誇り。そして家族や生活を守るため、生き物を仕留める。つまり長年積み重ねた「人間としての正義」がそこにある。
残雪
頭領としての責任。さらに命を投げ打ってでも仲間を救う。つまり本能を超えた「生き物としての気高さ」がそこにある。
このように構造に気づいたとき、子どもたちの思考は「じいさんは感動したから銃を下ろした」という薄っぺらな理解を飛び越えます。なぜなら、自分とは全く違う次元で生きる「崇高な存在」と出会ってしまった時の畏怖、そして「痛み」――その複雑な感情こそが、大造じいさんに銃を下ろさせた本当の理由ではないかと気づくからです。その結果、教室にはこれまでとは比べものにならない深さの対話が生まれます。
「大造じいさんとガン」の変容を整理する比較表
さらに、二つの視点を比較すると、「大造じいさんとガン」全体の構造が一気に立体的に見えてきます。
| 場面 | 大造じいさんから見た残雪 | 残雪自身の姿(語り手視点) |
|---|---|---|
| 1年目(つりばり作戦) | 「いまいましく思っていた」「たかが鳥」 | 仲間を率いる頭領としての警戒 |
| 2年目(タニシ作戦) | 「ううん」とうなった 手ごわい相手 | 群れを統率する判断力 |
| 3年目(ハヤブサとの戦い) | 「鳥とはいえ、いかにも頭領らしい」 | 「救わねばならぬ仲間の姿があるだけ」 |
| 結末 | 「堂々たる態度」「立派な英雄」 | 「最後の時を感じて、せめて頭領らしく」 |
明日から使える!「大造じいさんとガン」視点を変える4つの授業ステップ
では、実際に「大造じいさんとガン(教育出版)」を主人公以外の観点で読み取る授業をどう組み立てればよいのでしょうか。そこで、黒瀬先生の実践から4つのステップとして整理してみました。
まず大造視点で読む
はじめに従来通り、大造じいさんの心情の変化を丁寧に追う。つまり土台となる読みをしっかり作る。
違和感を発見する
次に「ここだけ誰の気持ち?」と問い、語り手が残雪側に寄り添う一文を子ども自身に見つけさせる。
残雪視点で再読する
さらに「もし残雪が語り手だったら?」と仮定し、同じ場面を別の視点から書き換えてみる。
二つの視点を重ねる
最後に両方の視点から読んだ上で「なぜじいさんは銃を下ろしたのか」を再度問い直し、深い対話を生む。
ポイントは「マイシート」での蓄積
また黒瀬先生は、子どもが日々の気づきを書き溜める「マイシート」を活用しています。たとえば「あ、ここだけ残雪の気持ちが書いてある!」「大造じいさんと残雪って、実は似てるんじゃない?」――このように、子どもの中から湧き出た発見を拾い上げることが大切です。その結果、視点転換は教師の指示ではなく、子ども自身の探究として成立していきます。
こうした学習者主体の授業づくりは、文部科学省が示す学習指導要領で求められる「主体的・対話的で深い学び」とも深く重なります。
「読み」の力を「創作」につなぐ発展授業の実践
「大造じいさんとガン」で視点を変えて読む力が育つと、子どもたちは物語を「作る」側に回っても、その力を発揮し始めます。そこで黒瀬先生は3学期に、誰もが知る「桃太郎」を題材にした創作の授業を行いました。もちろんここでもキーワードは「視点の転換」です。
子どもたちが書いた驚きの作品
すると、子どもたちからは予想を超える作品が次々と生まれてきました。たとえば、以下のような独創的な視点での物語が登場したのです。
- まず、優しい鬼の視点から、鬼ヶ島で平穏に暮らしていた家族のもとに突如現れた「桃太郎という名の侵略者」への恐怖を描いた作品。
- さらに、「私」という語り手を新たに作り出し、英雄として歴史に残った桃太郎と、目の前にいる現実の桃太郎とのギャップを問いかけるメタ的な物語。
つまりこれは、単に「時・場所・人物」を入れ替えるだけの書き換えとは次元が違います。なぜなら、「誰の目で世界を見るか」を意識するだけで、物語は無限の広がりを見せるからです。そして「大造じいさんとガン」の授業で培った「読み」の力が、そのまま「表現」の力へと転移した瞬間でもありました。
教師の役割は「教える人」から「価値付ける人」へ
ところで、こうした授業を成立させるために、黒瀬先生が何より大切にしていることがあります。それは、教師が「別の視点で見なさい」と指示を出さないということです。なぜなら、指示してしまった瞬間に、それは子どもの発見ではなく教師の答えになってしまうからです。
このように、教師はあくまで学びの伴走者です。したがって1単元・1時間で完結させようとせず、1年という長いスパンの中で、子どもたちが自発的に視点を行き来できるようになる「仕掛け」を作ること。つまりそれこそが、これからの国語教師の役割ではないでしょうか。
- まず、指示しない:「別の視点で読みなさい」とは言わない。
- 次に、価値付ける:子どもの発見を「面白いね!」と共有する。
- そして、長期で見る:1年スパンで視点の力を育てる仕掛けを作る。
まとめ|「大造じいさんとガン(教育出版)」を複数視点で読む価値
🌱 この記事のポイント
このように「大造じいさんとガン(教育出版)」は、読み方一つで現代の子どもたちの心を激しく揺さぶる対話の場へと変貌します。つまり一つの視点に固執するのではなく、複数の視点から世界を眺める――そしてその経験は、国語の力を高めるだけでなく、他者の痛みを想像し、多様な価値観を認め合う力へとつながっていきます。
したがって明日からの授業で、ぜひ子どもたちと一緒に「残雪の目」になって、「大造じいさんとガン」の奥深さを探検してみてください。きっと、これまで見えなかった景色が広がるはずです。
